中華鍋を振る音、飛び交うオーダー、香ばしい香り。
330店舗を展開し、日本の食卓を支える「大阪王将」。その活気ある厨房の裏側で、静かな、しかし確実な「意識変革」のプロジェクトが始動していた。
テーマは、飲食店の基本であり、永遠の課題でもある「衛生管理(クレンリネス)」。
これは、単なるDXツールの導入事例ではない。言葉も文化も異なる多国籍なスタッフたちが、「データ」と「写真」を通じて一つの基準を共有し、チームとして生まれ変わろうとするプロジェクト始動の記録である。
「ここ数年で、現場の景色は一変しました」
そう語るのは、現場を預かる岩本町店の店長だ。
大阪王将では、新規出店の加速に伴い、約3~4年前から特定技能を持つ外国人スタッフの採用を本格化させてきた。同店も例外ではなく、店長以外のスタッフ全員が外国籍という構成だ。彼らは真面目で、調理技術も高い。しかし、衛生管理の面では常に大きな壁に直面していた。
日本人の『当たり前』が、通じないのだ。
「日本人なら『手が空いたから棚を拭こう』『ここが汚れているから掃除しよう』という“察する文化”がありますが、彼らにはそれがありません。彼らにとって仕事とは、料理を提供し、片付けること。それ以外の掃除は、明確に指示されなければ動かない業務だったのです」
さらに難題だったのが、『キレイの基準』のズレだ。
「掃除しておいて」と指示しても、どこまでやればゴールなのか、その尺度が異なる。水通し洗浄が必要な機材も、表面を拭いただけで「終わりました」と報告が来る。悪気はない。ただ、基準が違うだけなのだ。
これまで、そのギャップを埋めていたのは店長の個人的な奮闘だった。
しかし、店長がいない時間はどうするのか? 個人の力量に依存した品質管理には、限界が来ていた。
現場の葛藤は、本部も重く受け止めていた。
大阪王将大学のセンター長は、今回のプロジェクトの意図をこう語る。
※大阪王将大学 研修センター: 大阪王将の味と品質を守るため、調理スキルから経営ノウハウまでを体系的に学ぶ教育機関。社員や加盟店オーナーの育成を行っています。
「これまでは、衛生管理やサービスの質を『店長の力量任せ』にしてしまっていた部分がありました。しかし、それでは店舗によって品質にばらつきが出てしまう。全店舗で常に安定した『安心』を提供し続けるためには、本部主導で基準を引き上げ、教育・指導体制そのものを強化する必要があると判断しました」
近年の社会環境の変化もあり、衛生管理への視線は厳しさを増している。
本部は、今回の施策を単なる清掃活動とは位置付けていない。将来にわたってブランド価値を守り続けるための、重要な投資と捉えているのだ。
「目指すのは、衛生管理が『特別な対応』ではなく、日常業務の基準として自然に実践される状態です。『言われたからやる』から、『気づいた人が自然に動く』文化へ。そのために、まずは意識と行動を根本から変える必要がありました」(センター長)
壮大な目標に向け、本部はまず6店舗に絞ったモデルケースの実証実験を開始した。ここで成功パターンを確立し、全店への横展開を図る計画だ。
武器となるのは、店舗管理DXツール『V-Manage』。
しかし、ただツールを渡すだけではない。本部は今回、写真報告の必須化とインセンティブ評価という2つの戦略を打ち出した。
1. 言葉の壁を超える「視覚的スタンダード」
「外国人スタッフに、日本語のマニュアルで細かいニュアンスを伝えるのは困難です。しかし、『V-Manage』で正解の写真を見せれば一目瞭然です。視覚的にゴールを共有することで、日本人・外国人を問わず『当たり前』の基準を揃えることができると考えました」
2. 習慣化のための「短期集中ブースト」
「今回の『強化月間』では、承認率(質)と実施率(量)をランキング化し、インセンティブを設けています。しかし、これはあくまで『着火剤』に過ぎません。短期間で正しいやり方を身体に染み込ませ、インセンティブ終了後も『やらないと気持ち悪い』と感じるレベルまで定着させる。自走できる組織を作ることが最終ゴールです」

1月某日。岩本町店店長はスタッフたちを集め、新ルールを宣言した。
「今日から1ヶ月間、掃除のルールを変えます。終わったら必ず『V-Manage』を立ち上げて、その場で写真を撮ってください。その結果はすべて評価されます」
当初、現場には戸惑いもあった。「仕事が増える」「面倒だ」。
しかし、店長はこのプロジェクトに、ある“期待”を寄せていた。店長として現場を見続けてきたからこそ感じる、切実な想いがあったのだ。
「言葉だけの『ありがとう』には、限界があるんです」
これまでは、誰にも見られず黙々と掃除をしてくれたスタッフに対し、店長個人として感謝を伝えることしかできなかった。「何ヶ月、何年と働いて、毎回『ありがとう』だけかよ、と感じてしまう瞬間もきっとあったはずです」と店長は振り返る。
彼が目指したのは、以下の2点を変えることだった。
「一生懸命な人が報われる環境になることが、店長として本当に嬉しいんです」(岩本町店店長)
その想いは、すぐに「小さな変化」が現れ始めた。
「評価されるなら、しっかりやりたい」。そう考えたスタッフたちが、V-Manageの画面を覗き込み、行動を変えたのだ。
評価という動機と、写真というガイド。この二つが揃ったことで、店長の意図する「清掃基準」が初めて正確に伝わった瞬間だった。

一方、本部がこの仕組みを通じて現場に伝えたかったのは、「成功体験」だ。
「特別なことをしなくても、基本を徹底すれば現場は良くなるし、働きやすくなる。その実感を現場のスタッフに持ってほしかった。自分たちの行動が、お店の品質やお客様の信頼を作っているんだという『誇り』を感じてもらうことが、この施策の真の狙いです」(センター長)

本部の「願い」と、店長の「挑戦」。
二つの想いが重なり合い、多国籍チームの挑戦が幕を開けた。
果たして、データと写真は「言葉の壁」を越えることができるのか?
そして、現場にはどのような変化が訪れるのか。
(Vol.2「成果編」へ続く)